暑気払い
 (お侍 拍手お礼の三十)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

まといし宿衣は夏の装いで、
ゆったりとした拵えの、濃紺の作務衣…というより甚平風。
脛の半ばまでしかない裾丈が何とも涼しげであり、
胸元で重なる合わせの、斜めに深い切れ込みから覗く、
陽に灼けない真白な肌が、
生地の藍との拮抗でますますのこと際立っている。

「…。」

赤い眼差しが見下ろすは、
端の方へと射し入る陽を歪ませて、ゆらゆらと。
まだ青い楓の葉を浮かせた、真新しい桧の大盥に張られた泉水。
時折持ち上がる、やはり白い足の爪先から滴るしずくや、
それが描く水紋を、飽きることなく眺めやる。
末端を暖めるだけで体が温まるというように、
足だけ冷やしても、なかなか涼しく過ごせるもので。

「…。」

そんな彼が腰掛けている濡れ縁の先には、
丁寧に手入れされての小粋な庭が広がっており。
重なるはたくさんの種類の 翠・碧・緑の茂みや梢。
初夏の陽を弾いての鮮やかに、
なかなかに眼福な涼感を提供してくれている。
そんな離れに現在只今逗留中なのは、
一見すると、どこぞかの貴籍の御曹司様かと思わせるような白皙の美丈夫と、

「これはまた、いい眼福だの。」
「…っ。」

どこぞかへの外出から戻って来たところらしき、
長い蓬髪をうなじに束ねた、屈強精悍な風貌の壮年殿と。
若いのがいつものあの紅の長衣といういで立ちではないのと同様、
勘兵衛の側もここで用意されてあった宿衣を着ており。
藍染めの単
(ひとえ)は絽であるか、下の小袖の白を透かしており、
袖のない宗匠羽織は漆黒に近い濃茶という拵えは、
こちらも常のあの白い衣紋よりずんと涼しげ。

「…。」
「ああ、これ待て待て。」

やっと帰って来たという切なる想い、正に行動で示してのこと。
即という反応で身を起こしの立ち上がりかかった青年へ、
縁側の上、盥から引き上げられた足がまだ濡れたままなのを諌めてのこと、
待てとの声をかけながら、足早に近寄った壮年殿。
そのまま片膝を落とすと、立ち上がるすんでで青年の足首を捕まえ。
慣れた様子で懐ろから手拭いを取り出して。
(ギョク)から刻み出したかのように純白の、
くるぶしから先を両方とも、それは丁寧に拭ってやれば、

「…。」

大きな手での構われよう自体は心地がいいか、
大人しく、されるままになっていた久蔵だったが。

「ほれ。」

済んだと手が離れたその途端、
天女のように軽やかな痩躯が、猫のようななめらかな所作・動線で、
急かるるように相手の懐ろへとすべり込む。
そうしてそして、ぼそりと呟いたのが、

「…意地の悪い。」
「久蔵?」

安定のいい膝に乗り上がっての、
向かい合う深い懐ろへこちらの胸を合わせて。
ゆったりと開いた衿から覗く、
赤銅色の肌に男臭い色香の滲んだ、
雄々しき首元へと頬を寄せての…詰言もなかろうよと。
戸惑うように声を返せば、くぐもったような返事があって。

「一番遠いところへまず触れおって。」

一番遠い、手の届かぬところへ身を置くという意地悪をしたと。
しかも、焦らすように手間をかけ、
こうまで間近に寄りながら、だのに待たされたと、
そんなことへまで拗ねているらしい情人であり。

「そうは言うが、爪先だとてお主であろうよ。」
「…。」

矛盾した言いようなのは、自身でも判っているものか。
顔も上げず、うんともすんとも答えない意地っ張り。
この胸、この頬、この眼に間近くなくてはイヤだと、
その温みでくるんでの、その双腕でぎゅうと抱いてくれねばイヤだと。
何とも他愛のない駄々を捏ねているわけで。
さっきまでその爪先を冷やしての涼んでいたくせに、
ぎゅうと抱きついての離れぬとは、これもまた矛盾もいいところ。

  ――― 暑うはないのか?
       ………。(否)

そおと訊かれて、ゆるゆるとかぶりを振るのに嘘はなく。
ずっとずっと、暑いのも寒いのも平気だったけれど、
いつからかそんな体質も変わってしまった。
おっ母様の懐ろの暖かさを知り、この情人との睦みを知りして、
人肌から暖を得るということを覚えてからは、
そこから《暖かくない》という形での“寒い”を覚えてしまったほど。


  ――― お主は暑いのか?
       いいや。


お主は平熱が低いからと、
くつくつ微笑っての腕の環を狭めれば、
怒るどころか、こくり頷いて、
尚のこと身を擦り寄せる甘えを見せる。
傍で見ている方が暑苦しいことこの上ない、
とんでもないお人たちでございます。



  こんなお話でなんですが、

         暑中お見舞い申し上げます





  〜どさくさ・どっとはらい〜  07.7.30.


  *拍手から下ろす頃には秋でしょね。
   拍手を覗けない方にはすいませんという、季節ネタでした。
   同じような“時事ネタ”続きで恐縮ですが、
   タッキー&翼の新曲『SAMURAI』だそうですね。
   着うたのCMでタイトル観て、コケそうになりました。
   何でもかんでも使うな、こらっ。
(笑)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv

ご感想はこちらvv

戻る